煩悩[ぼんのう]や塵労[じんろう]のことで、悟りに至るためには、逆にこれが適度にないといけないとも説かれます。
☆ 莱莉垣桜文 附註 「種」と称されますが、その「種」が発芽するために必ずないとならない泥土や肥壌のほうを示してます。
煩悩や塵労そのものなので、もちろん多ければ種としての「ほとけのたね」にはならず、むしろ「じごくのたね」になってしまいます。
和漢百魅缶│2024.09.26 Design. Koorintei Hyousen 2024