人間の顔をしてる大きな魚で、漁をさまたげたり、大声をあげたり、火を起こしたりして人々を困らせてたので、鉄砲隊によって征伐されたとされます。
越中の放生津[ほうじょうづ]から四方[よかた]の海域に出たとされ、体の大きさは3丈5尺で、おなかの両側に3つずつ眼があります。
☆ 莱莉垣桜文 附註
文化2年(1805)に出た浮説で、「海雷」(かいらい)と呼ばれるものだ、と称されます。この年に実際にそういうものが越中の海で征伐されたわけではないようです。この年の「とやまのにんぎょ」は大きく分けると、おなかの眼の有無に差異がありますが、眼のあるデザインは文政2年(1819)になると宝珠や宝剣にも切り替わってゆきます。
この人魚を見ると、一生しあわせで寿命長久、悪事災難にもあわない――と売り文句がつけられて販売されており、当初から売るための「人魚」の絵紙だったとも考えられます。
和漢百魅缶│2026.03.14
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