嘉永6年(1853)3月に上総の金谷に出たという1丈7尺もあったという巨大ないか。夜な夜な海を荒らして漁師の舟を渦のなかに吸い込んだりしてたといい、それをやっとのことで退治して捕ったものだ、として江戸で見世物になったといいます。
☆ 莱莉垣桜文 附註
『藤岡屋日記』によれば、大きないかではあったものの、暴れてたとか退治されたとかいった部分は興行の際に香具師が作ってつけたもので、ふつうに上総から日本橋の魚河岸に入荷されたものの売れ残っちゃった大いかだったというのが裏話だソウナ。
和漢百魅缶│2018.04.01
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