むかし、川の近くにあった鋳物師の家に、まったく見知らぬ出家僧がたずねてきて「貴殿の家から出て来る鉄気[かなけ]のある水によって、わたしの子孫が死んでしまうので、なんとか別の土地にひきうつってはくれないか、もしそうしてくれたら、貴殿の子孫の繁栄を約束する」と持ちかけて来たのですが、鋳物師は本当に見知らぬ人物だったので狐や狸なのではないかといぶかしんで追い返してしまいます。
すると、その日を境に鋳物師のつくるものは全て失敗つづきで、ついには商売がなりたたなくなり、家もつぶれてしまったソウナ。
陸中につたわるもので、『二郡見聞私記』には稗貫郡の扇子堀という場所にまつわるはなしとして記されており、そこの鮭[さけ]たちはあたまに扇子の模様があり、失敗した鋳物の鍋や釜にはすべて扇子のようなかたちの鋳間[いま]が出来て失敗してしまったということから、出家の正体はそこの鮭であったのだろうと記しています。
☆ 莱莉垣桜文 附註
『二郡見聞私記』曰
「或人の曰、むかし此川に鮭のぼりその鮭の頭に扇子の形有しと也 因て此川を扇子堀といふ其鮭の精にもあらんか」
和漢百魅缶│2016.07.14
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