享保のころ、陸奥津軽の臨海部などに出たというふしぎな物で、秋になるとあらわれて粟[あわ]の穂をもぐもぐ食べてしまったといいます。
☆ 莱莉垣桜文 附註 南谷先生『姫国山海録』に記されているもので、「土人以鎗殺」ともありお百姓さんたちは鎗[やり]をつかってこれを退治したとありますが、具体的な寸法は記されておらず、大きさはよくわかりません。
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