ひがしのうみのなみ 東の海の波

ひがしのうみのなみ(東の海の波)

東の海にいた波で、神代のむかし常州に天照大御神[あまてらすおおみかみ]がおくだりになったときに奏でた、たのしい曲を聴いて「はははははははははは」と咲いながらよろこび寄って来たといいます。

波が咲いながら寄って来たことから、天照大御神が琴を奏でた山は「付く波」(筑波)と呼ばれるようになり、そのままそこへ居ついた波が「霞ヶ浦」になったのだソウナ。

☆ 莱莉垣桜文 附注
山田野理夫『お笑い文庫 しくじった笑い神』の「アマテラスオオミカミの琴」に書かれてるもの。『詞林采葉抄』巻5に書かれてる註釈などにみられる筑波の語源のはなし――あるいはそれをモトにした「なみ」尽くしの小噺がしたじきになってると考えられます。

『詞林采葉抄』では、天照大御神は水波曲[すいはのきょく]を弾いたことになってますが、野理夫は曲名については特に言及してません。

和漢百魅缶│2023.07.31
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